岩代の国の塩川というところがあった。
水運の宿駅として大きな廻来船が毎日往来し、繁栄している川港の中心地の街には、その廻来船を引っ張る曳子と呼ばれていた男衆がたくさんいた。
この曳子は主に川の難所・急流の調整や上流に廻来船を引っ張る男衆で、その曳子の中に名前がのすけと言う若者がいた。
川の難所の中でとくに、急流が強い場所が一箇所あって、今まで曳子や水夫たちが、何人もがその場所の激流にのみ込まれてしまい命を取られていた。
その激流を抑えために治水の普請(工事)をするのだが、直ぐに治水の普請をしたところが流されてしまう。
その後も何度も何度も治水の普請を行うのだが、やはり普請をするたびに直ぐに流されてしまって、激流は抑えられなかった。
その激流の場所を曳子や水夫たちは誰言うとなく「魔の激流」と言って恐れていた。
その激流の場所で廻来船を数人の曳子たちと、のすけも引っ張っている時に、のすけは誤って足を滑らせてしまい、激流の流れの中に落ちて激流にのみ込まれてしまった。
のすけはなすすべもなく、激流にのみ込まれながら流されて行く時に、俺の人生はもうこれで終わってしまうと諦めかけていると、金色の大きな鯰が近付いて来た。
その鯰はのすけの身体を頭の上に乗せて、川岸まで泳いで運んで助けると、直ぐに激流の中に姿を消してしまった。
助けられたのすけは、川岸で仰向けになりながら青空を見ながら『生きている。良かった』と思っていると、「のすけ!のすけ!」と自分の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。
自分の名前を呼んでいる方を見ると、曳子や水夫たちが激流に流されてしまった自分を心配して探しにやって来ていた。
川岸にいるのすけを見つけると、曳子や水夫たちが駆け寄って来て、「良かった。良かった。」「今まで何人もの曳子や水夫たちが、あの場所でお前の様に落ちて、激流にのみこまれてしまって、今まで誰一人として助かった者がおらず、土左衛門になっている激流なのに、お前良く助かったな。」と言って、のすけの無事を喜んでくれていた。
のすけは激流から助けてくれた金色の大きな鯰のことを、曳子や水夫たちに話しをすると、曳子の一人が「そういえば、金色の大きな鯰は金比羅の神様にお使いしている鯰だと、聞いたことがあるぞ。その鯰に助けてもらったのか。」と言われて、のすけは金比羅神社に助けて頂いたお礼のお参りをしてから家路についた。
その晩、のすけが眠りにつくと夢の中に、金鯰の上に乗った白髭の老人が現れた。
白髭の老人が「ワシは金比羅神社の神で、お前が落ちたあの激流には竜神が住んでいて、その竜神は何の挨拶もなく激流を抑えるための治水の普請を始めるので、竜神が怒って直ぐに治水の普請したところを流してしまうのじゃ。治水の普請を始める時に竜神の怒りを収める為に、竜神の大好きなお酒を供えて竜神の怒りを鎮めるお参りをしなさい。それと、ワシの神社の御神木の枝を一枝切って支柱を作り、治水の普請をする支柱にするが良い。激流は必ず抑えられるはずじゃ。夢々疑うことなかれ。」と言い終ると、金鯰の上に乗った白髭の老人は消えてしまった。
次の日、のすけは金比羅神社にお参りをして、神様のお告げ通りに御神木の枝を一枝切って支柱を作り、そしてのすけは、船主や曳子や水夫や治水の普請をする者たちに、金比羅神社の神様のお告げの事を話しをした。
魔の激流から今まで誰一人として助かった者がいなかった中で、唯一助かったのすけの話しなので、船主や曳子や水夫や治水の普請をする者たちは信じた。
のすけは船主や曳子や水夫や治水の普請をする者たち大勢を引き連れて、その激流の場所に行って、お酒を供えて竜神を怒りを鎮めてもらう為のお参りを行い、そして激流を抑えるための治水の普請を行う場所に、御神木の枝で作った支柱を打ち込んで立てた。
すると、打ち込んで立てた支柱から眩いばかりの光が放たれて、そしてその光が天に向かって上がって行った。
更に今度は、打ち込んで立てた支柱に川の水流が当たって、当たった水流が水柱になって天に向かって立ち登って行った。
まさに、支柱から放たれた光に導かれる様に、水柱は竜神が天に向かって登って行くかの様だった。
その目の前で起きている不思議な出来事に、のすけとそこにいた大勢の者たちが、息を呑んで立ち尽くして見ていた。
その後、激流を抑えるための治水の普請を行うと、流されることもなくその激流を抑えられたとさ。
おしまい。
作者 ©鈴木孝夫 2019年 (許可なしに転載、複製することを禁じます)