これは懐かしい写真だね。
今日は、塩川の金比羅神社を管理している、松本屋商店の4代目蔵人 秋山啓三さんに塩川のことを教えていただくよ。
松本屋商店は、のれん漬けのお店だから、知っている人も多いと思うんだけど、昔は松本屋商店は「けいまっつぁま」と呼ばれていたんだよ。
啓三さん、それはどうしてなのか、教えてください。
はい、おまかせください。
そもそも、けいまっつぁま、の意味は、啓松様、の読み方です。
ケイマツサマと読むのが通常ですが、なまり?のようなものでしょうか。
ちょっと前にNHKの大河ドラマ「八重の桜」の八重が、お兄さんのことをあんつぁま。(兄さま)と呼んでいたのと同じようなものです。
年上の男性はおんつぁまっていうのも聞いたことがあります。
次に啓松という人物についてですが、この人は、私の祖父です。
私の家の家系図によれば、私の祖父、啓松は2代目啓松で、初代啓松は曾祖父にあたります。
2代目啓松は元(?)の名は千代吉(ちよきち)で、後に啓松を襲名したようです。
初代、啓松の前は襲名とかの記録はないようです。また、わたしの父、啓輔が啓松を襲名しなかったわけは定かではありません。
塩川には一時期、襲名の習慣があったんですね。
また、なぜ啓松に様がついたのかというてんですが、祖父、啓松は明治生まれで、塩川町の町議会議員を5期務め、内2期は議長を務めたそうです。
保護司もしていたようです。だいぶ昔のことですから、ちょっと目立つ人(?)は名前の後に、さん、ではなく、様がついたようです。
そんな感じでもう一人塩川で思い浮かぶのは、ゼンネイサマ、でしょうか、こちらは、一重善内さんの、善内様、ゼンナイサマ、がなまって、ゼンネイサマ、ゼンネサマ、でしょうか。
この一重善内さんも啓松と同世代の町議員で、啓松と町政について、よく二人で熱く語り合っていたと、子供のころに聞かされた記憶があります。
名字ではなく、下の名前で呼ばれていたんですね。
一重善内さん、秋山啓松、の他に名前の後ろに様を付けて呼ばれていた所をもう一つ思いだしました。
佐藤儀平さんです。他にもあるのでしょうが、私が今、思い出したのは、この3件で、共通するものは何かと考えたところ、いずれも、
一重善内商店
佐藤儀平商店(中町の酒屋さんです)サトウギヘイショウテン
秋山啓松商店(松本屋商店となる前に)
というように、店名に店主の名を用いたところが、
ゼンネサマ
ギへサマ
ケイマッツァマ
と呼ばれていたようだと思います。
ですから、昔は店主の名前お冠した商店を言うときにサマを付けて呼んでいたようです。
私のわかる範囲の情報としてお伝えしておきます。
今日はありがとうございました。
お店のことなど、まだまだ知りたいことがたくさんあります。
またいろいろ教えてください!
松本屋商店の商品は、通販で買えるから、こちらもチェックしてみてね。
ここの甘酒は、都会に住んでいる僕のお友達が絶賛していたよ!
こちらは現在の松本屋商店の様子です。
いつでもお気軽にお立ち寄りください。