骨皮スジ夫さんの塩川町の祭礼の思い出

こんなまず

塩川町では、9月に駒形神社の祭礼があって、町中が盛り上がるんだ。

町中の人が参加するから、みんなそれぞれに思い出があると思うんだけど、今日は、金鯰物語の作者でもある、骨皮スジ夫さんが思い出を教えてくれるよ。

骨皮スジ夫

こんにちは。骨皮スジ夫です。よろしくお願いします。

古川

よろしくお願いします。

塩川町のお祭りは、町内の区ごとに、お囃子を演奏しながら、山車を引いて町中を歩きます。

こちらは、YouTubeに公開されていた塩川町の祭礼の様子です。

古川

お囃子の音色はいいですね。私も子供の頃は、5区で参加していました。

骨皮スジ夫

私は12区で小学生の時に引っ張っていました。山車のお囃子を聞くと、血が騒ぎます。

仮装出来る事と、山車を引っ張って、休憩時に渡される袋に入っているお菓子が、楽しみでした。

祭礼は、本当に心が弾む楽しい祭でした。

古川

そうそう、仮装するんですよね。

ねぶたに似てる気もしますが、毎年、流行しているアニメや映画のモチーフで、大きな創作物を制作して、それを引っ張ります。

また、その年のテーマに合わせて、大人も子供も仮装をします。

どの地区の仮装が良く出来ているか、コンテストもあるので、結構本格的なんですよね。

今で言うコスプレをいち早くお祭りに取り入れているのが、改めて見ると斬新です。

30年前の、私が子供の頃も、すでにこのスタイルでしたが、骨皮スジ夫さんのころからそうなんですね。

もくべい

毎年、お祭りが近くなると、町の若い人たちが、仕事が終わった夜にが集まって、お囃子の練習をしたり、創作物を作ったりと頑張っているんですよ。

こんなまず

塩川町だけでなく、喜多方市内も、お祭りは山車を引くスタイルだね。

最近は、塩川町の町会が、喜多方市内のお祭りに参加するなどの交流もあるんだよ。

古川

喜多方市内のお祭りは8月ですよね。

それとは関係なさそうですが、塩川のお祭りも、少しずつ、日程が変わっていますよね。

私が子供の頃は、9月19、20日だったと記憶していますが、今は違いますよね。

骨皮スジ夫

今は、9月の第三土曜日と日曜日に祭礼が行われています。

私が小学生の時は、9月9、10日が祭礼でした。ですので、学校は午前中だけでした。

午後からは山車を「やっか、やれやれ。」と大声を上げて引っ張って町中を歩きました。

古川

学校が午前中で終わるというのも、お祭りの楽しみの一つだった気がします。

ところで、骨皮スジ夫さんのころは、子どもたちも今よりやんちゃだったのでしょうね。

骨皮スジ夫

はい、駄菓子屋から買った銀玉ピストルを隠し持っていて、他の山車とすれ違う時に、山車を引っ張っている子供たち目掛けて、ピストルで銀玉を連射させて、当てていました。

相手側の子供たちも、ピストルで銀玉を連射して応戦して来ました。

古川

私が子供の頃も、山車がすれ違うときに、音の出る火薬玉のようなものを、地面に叩きつけて、音で張り合うというのはありましたね。

上級生から火薬玉を渡された記憶があります。

ピストルはどうだったんでしょう。男の子たちの間ではあったのでしょうか。

骨皮スジ夫

子供たちの暗黙のルールがあって、連射は相手の子供たちの体に向けて。

絶対に顔に当ててはいけませんでした。

相手側の連射した銀玉が、私に当たると、痛かったですが、連射はとても興奮と爽快でした。

古川

ルールがあるんですね。

骨皮スジ夫

時には山車を引っ張っいる大人の方々に、銀玉が当たる事があってか、大人たちからの意向で、銀玉連射が出来なくなりました。

今考えると、子供たちの眼に銀玉が当たると、失明の危険性もありましたので、大人たちの意向でのピストルでの銀玉連射中止措置は当然の事でした。

古川

禁止されたんですね。

ちゃんと見守ってくれる大人たちがいるから、子供たちの楽しい思い出として、記憶に残るんでしょうね。

もくべい

塩川町のお祭りは、毎年、9月の第三土曜日と日曜日です。

屋台もたくさん出て楽しいですよ。仮装もありますので、みなさん、ぜひ遊びに来てくださいね。

この記事を書いた人

古川恵子

塩川なまずの里の会の古川です。物語の解説と、塩川町の観光情報の発信をしています。

塩川町出身、普段は都内でフリーランスのWebデザイナーとして活動しています。